2020年08月24日

勝美さんを偲んで

勝美さんが亡くなって、早ひと月が経った。
早いものだ・・・。

思えば、僕が高3の時に仙台の川内にあったミニコミ誌の事務所で知り合ったのが最初だった。今から47年も前になる。
長髪に丸眼鏡、ちょっとレノンを意識したような風貌で、出演バンドというグループを結成して音楽活動をしていた。
250CCのバイクに乗っていて、彼女もいて、なんだかかっこいいなあ!と感じた。

それから彼らの出入りする楽器屋で頻繁に合うようになって、自分もグループを組んで音楽活動を始めた。
それから彼のアパートへ遊びに行ったりして、音楽の話、バイクの話、女の話に花が咲いた。次第に酒を飲んだりするようにもなった。

その頃出演バンドが解散になり、例の楽器屋に後の八木山合奏団のメンバーとなる人間も集まるようになって、僕の音楽の母体である八木山合奏団をみんなで結成した。当然勝美さんがリーダー的存在だった。
でそのあとの話は、僕のHPに詳しく書いてあるので割愛する。

八木山合奏団の詩は、勝美さんのものが多かった。
敏感で感受性が強い人だった。
詩がストレートに響く。

勝美さんと僕はよく、神、宇宙、霊、物の理、原因と結果などを論じた。
彼はこの世は修行の場で、死んでからこそが本当の世界だと言っていた。
釈迦と同じような考えだ。
僕も20年ほど前まではそう信じていが、今は死んだら無で、生きていてこそだと考えている。

勝美さんはバンドの集合時間にはよく遅れてきた。
来ない時もあった。
そうしているうちに鬱病を発症して八木山合奏団を去った。
とにかく明日演奏があるということを考えると、とても憂鬱になったらしい。

でも八木山合奏団がクラウンレコードに移籍してから、また勝美さんの詩に曲をつけるようになり、また付き合いが始まった。
一時は和太鼓奏者になり、高橋快晴と称して演奏活動もしていた。また去年まで地元FMの番組もやっていた。

このところずっと入退院を繰り返していた。コロナ禍もあり最後に会ったのは、入院中の病室だった。3月末だったと思う。
7/16に亡くなったという連絡を奥さんから受けた。

坊さんのいない火葬場で彼の骨を拾った。
彼の遺言だった。
蒸し暑い日だった。

何だか勝美さんが死んだ気が全然しない。
やはりあの世とやらで、生き生きとして暮らしているのかもしれない。
そんな気がしてきた・・。

有難う!バイクとビートルズが大好きだった勝美さん。

posted by kuro2kun at 18:33| 宮城 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする